自己満足の殺人事件@


誰が見ても古いとわかるアパート「松澤荘」に僕は住んでいる。
生駒 円(いこま まどか)は帰宅して、自分の部屋である204号室ではなく、301号室に向かう。
扉をノックして、返事を待たずに生駒は301号室に入った。ノックは形式上のもの。
「サツがガサ入れに来たぞ!!」
茶髪で口ヒゲを生やした赤ブチ眼鏡がよく似合う男がワンカップをすすりながら言う。警察官という地方公務員の僕には不可能な出で立ちだ。彼もここの住人だが、301号室の住人ではない。
彼、植田 宏一郎は(うえだ こういちろう)は町工場で部品を作っている傍ら地元の劇団の脚本を手がけている。今だって、ノートパソコンに文字を打ち込んで脚本の執筆をしている。
そして、重度のミステリーオタク。以前、劇団の打ち上げにつれていってもらった。その時だって周囲の人間が、劇の内容をすぐミステリーにしたがるとグチっていた程だ。
「そんなに慌てるという事はやましい事でもあるのか」
軽口に軽口で返す。僕は津留未署につとめている警察官で捜査三課に所属している…っと言ったら聞こえが良いが、第一係という庶務をする係なので残念ながら植田が望んでいる様な殺人事件の捜査に直接携わったことがない。もっとも、僕が津留未(つるみ)署に努めて6年になるが、今だ管轄内で密室殺人や猟奇的な事件が起きたという話は聞かない。
これじゃあ、2人の職業の話ばかりで、どうして部屋の主でない2人が301号室に来ているのかは分からない。301号室に人が集まる理由は他愛もない。301号室はずっと空室で、松澤荘の皆は一人暮らしだから、気がつけばたむろするようになったというだけ。
いわゆる、談話室。もちろん、大家さん公認だから、不法侵入などでは無い。
2人でそれぞれの出来合いの夕食をつつきながらプロ野球の試合を観戦する。地元チームがホームの試合だが 、僕は相手チームの「京阪アルマジロ」を子供の頃から応援している。京阪アルマジロはお世辞にも人気チームでも強いチームでもないけど。
「アルマジロは投手も守備ボロボロですね。バンブー2点追加〜」
植田が淡々と言った。
俺が小さい頃、鳥海と言ったら神に等しい存在だったのに。最近不調だなぁ…
「人は皆歳をとりますからねぇ」
分かってはいるが、やはり寂しいものである。
どさくさに紛れて植田は僕のカラアゲをくすねる。
「そういえばさぁ…」
「そういえばさぁ…じゃないだろ。か・ら・あ・げ」
マナー違反だが、ハシで音をたてて抗議する。
「野球選手って引退したらどうするんだろう」
「コーチとか解説者とか裏方に回るんじゃないの?」
植田の唐突な質問にパッと思いついた、ありきたりな答えで返す。
「でも、それって一部の人じゃないか」
確かに言われてみれば、あまり有名じゃない人とかはどうしてるのだろう
植田は自分の夕食を食べ終えて、楽な格好に座り直した。植田はヒゲを指でいじっている。
「小さい頃から、特別野球が上手くて周りからはチヤホヤされていた訳だろ。そんな華やかとでもいうか特別な世界にいた人間が急に地味な生活になったら、昔のことばかり思い出してやり切れなくなるんじゃないかな…俺なら」
僕もぼんやりと想像する。頭の映像にはモヤがかかっているが、音は聞こえた気がした。植田はゼリーを口の中に放り込む。
「…ってそれ、俺のゼリーじゃないか。」
そんな時、ドアのノック音が響いて、この部屋に不似合いな近くのお嬢様女子高のセーラー服を着たセミロングの美人な女の子が入ってきた。
「なおりん、部活お疲れ様ぁ〜」
なおりんは(自称)お嬢様では無いが、絵の勉強がしたいのでお嬢様女子高の芸術科に通って、美術部で頑張っている。家から学校までが遠いので、ここ、松澤荘で下宿をしている。
「なおりんに描いてもらった劇のポスターの見本出来たよ」
「おぉ〜見せて」
植田は劇団のポスターやパンフレット等絵を必要とする時によくなおりんに頼む。なおりんにしては良いお小遣い稼ぎだろうし、植田にしてはよそで頼むより安くてクオリティも高いから、二人とも大助かりという訳。
植田は小走りで自室にポスターの見本を取りに行った。
大きな音と、植田と思われる声の「痛ててて〜」という言葉が聞こえた。
酔ってはなかったはずだけど、心配なのでなおりんと様子を見に行った。
「生きてるか?」
おじいちゃん………確か名前何だっけ…
あぁ、そうだ、思い出した飯山(いいやま)さんだ。飯山さんと植田がぶつかって倒れていた。
「あっ、すみません」
慌てて植田は謝るが飯山さんは何事も無かったように自分の部屋に入った。植田は不快感を顕していたが、自分からぶつかったらしく文句は口にしなかった。
「飯山英樹(いいやま ひでき)」様あてのダイレクトメールが床に落ちていた。きっと、植田と飯山さんがぶつかったはずみに玄関先の郵便受けから落ちたのだろう。そっと、郵便受けに差し込んでおく。
「そういえば、ここのドアだけキレイじゃね」
植田がまじまじとドアを見つめる。
「郵便物入れるステンレスの部分なんてピカピカで傷ひとつないし」
…謎だ。
飯山さん自体話をしている所を見たことが無く、謎の存在なのに。この部屋の中だけは、豪邸なんてこと無いか。


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